狗奴国の軍事力の行方 新羅に出兵し新羅を併呑したのは、おそらくはトヨであると思う。 391年にそれは達成されているので その時点で狗奴国の軍事力の矛先は邪馬台国に向けられていないことは明白である。 なぜなら、狗奴国と戦争中の邪馬台国が新羅に進出するのは 論理的におかしいし、狗奴国が新羅に出兵するわけもない。 新羅に出兵した勢力が如何なるものであったか? 下記に思いつく可能性を列挙する。
上記を検討すると、自然に考えれば卑弥呼後、狗奴国頭首が倭国頭首の座に就いたが 倭国が再び大乱し、邪馬台国の宗女トヨを擁立することによって乱が治まったという風になる。 しかし、それでは、狗奴国の治まりがつかないから トヨと狗奴国頭首との誓約で若宮を生んだのではないかと思われる。 それが、応神天皇で邪馬台国と狗奴国、両国にとっての ぎりぎりの妥協策であったろうと思われる。 このストーリーに照らし合わせて見ると宇佐八幡宮に祀られる祭神は 卑弥呼、トヨ、若宮の3人で、全て邪馬台国の血筋となる。 宇佐は土佐邪馬台国の伊都国が撃破された後の 二次戦線であったので辻褄が合う。 参考 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E9%96%8B%E5%9C%9F%E7%8E%8B%E7%A2%91 ∠ back |