猿田彦の起源



猿田彦と佐太が密接な関係にあるというのは
既に使い古された認識なんですが
佐太に関して。

佐田岬は有名どころで
鹿児島、高知(現名足摺岬)、愛媛がありますが
猿田彦の鼻を連想させるのは、やはり愛媛の佐田岬でしょう。

自分も一度しか行ったことがありませんが両側に海を眺めながらのドライブは
佐田岬でしか味わえないような感覚です。


天気がよければ、佐田岬からは大分県の陸地を見ることができます。

ですから、この佐田岬を抑えることは
弥生時代の人間にとっても重要なことであったのです。

この抑えるという言葉ですが
これはサエの神から来ています。道祖神です。

これも猿田彦とシンクロすると良く言われます。

それはまさに、この佐田岬がそうであるからです。

そしてなぜ猿田彦の鼻が長いのか?
佐田岬はその疑問にも答えることができます。

佐田岬半島付近を見てみると人の横顔のように見えます。

当時の人たちは上空から見ることはなかったと思いますが
(いやひょっとすると、饒速日の磐船は本当に空を飛んでいたのかもしれない)
佐田岬を神話化したのだと思います。


また猿田彦は男根を象徴化したものだということも語られます。
それはかなりの本質であると思います。

それに対する象徴は天細女ですが
高知県の中心部は過去、大きな湾が内部まで入り組んでおり
その奥の一番深い山際に一宮の土佐神社があるわけです。

この地形というのは巨大な女陰を表しており
猿田彦とセットになっているのです。

いざなぎ、いざなみ神話は剣山(旧立石山)と石鎚山の神話ですが
猿田彦と天鈿女もまた四国を発祥としているのです。

そして黄泉としての祖谷。

四国には封印されるだけの論理的な地形と
数々の霊的なエッセンスが名もなき形で残っています。

資本主義的発展からは最も取り残された地域として
まず真っ先に上げられますが、むしろそれは喜ぶべきことであったのかもしれません。



参考

佐田岬より
http://www.mapple.net/photos/H0000004398.htm
豊予海峡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E4%BA%88%E6%B5%B7%E5%B3%A1
天鈿女
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%BA%E3%83%A1






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