山梨に行ってきました。
参道の真中に位置するメンヒルの意味を知りたくていろいろとまわってみました。
一体なんのためにこれを立てているのでしょうか。
直観で言ってしまうと九州の米神山のこしき石と同じ物を感じたので確かめようと思いました。
神体山を祀る場所とエネルギーの降りやすい場所を指し示すためのメンヒルではないかと。
上写真は二ノ宮である美和神社、下は杵衛(きつき)神社。
両社は密接な関係があるらしく、名前も意味深い。きつき神社は山の麓にある。
エネルギーの連続性もバイブレーションもgood。
ここらあたりを回りましたが、すごく良い感じがしました。
一番驚いたのは祠が無数にあって、そこにかたちの良い石が置かれていたりするのです。
丸石信仰とか石尊信仰とかで片付けてしまえばそれまでだけど
もっともっと深い水脈があるような気がします。
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| 杵衛(きつき)神社のメンヒル |
一宮浅間神社のメンヒル |
一宮浅間神社の陰陽石 |
一ノ宮である浅間神社にもこのメンヒルはあります。
参道の端にメンヒルはありますがそれは子持石と呼ばれています。
このメンヒルを起点として境内の両端に陰陽石があります。
ものすごく複雑です。
丸石、石尊、石棒、浅間信仰はこの陰陽石とつながるのですが、参道中のメンヒルはつながらない。
陰陽石から派生したものであれば神体岩になっているはずです。
山梨に行って感じたのは信仰の対象はあくまでも”御山(おんやま)”という感じがしました。
御山から出てきた丸石だから、御山から出てきた棒だから、みたいなところがあると思うんです。
だから一ノ宮が浅間神社でご神体が浅間山なのだと思います。
それを指し示す場の証としてメンヒルを立てている。
そういう古い時代のものが形だけ受け継がれている。
明らかに神社が出来る前からなんです。
あんな、ど真ん中に石を立てるなんていうのは普通ありえない。
場所が違えば、ばちあたりみたいなことにもなりかねない信仰だと思います。
神聖な参道なわけですから。
それをどこの神社もやってしまっている(八幡神社にもありました、驚きです。)
というのは、そこにメンヒルを立てるのが当たり前であるという
共通認識が拡がっていたからそうなってしまったんだと思います。
誰かが真中に石を立てようぜと言って、そうしようそうしようという風には絶対ならない。
意味があってそうなっている。でもその意味を誰も覚えていない。
なぜなら全てのメンヒルが意味をなしていなかったから。
シンボライズされたエネルギーだけが訴えてきます。
そうだとしたら、ほんとに古い。九州ともつながってくる。
男根石が縄文時代の石棒の発展形なのか、神体山を指し示したメンヒルの衰退形なのか
それとも両者が混合したものか見極める必要があると思います。
上写真3枚は浅間神社の奥にある神社。
とにかくすごいのでご紹介させてください。
@の写真から入ってください。上に”祓”、右に”清”、左に”守”、下に”幸”の字が書かれています。
Aの右側には干支が並び、一番向こうに石球があります。Bは富士を模した石。
@は扉を表しています。入るという行為をシンボライズしています。
どこに入るのかというと魂の世界です。
祓うのは肉体ではなく魂です。清めるのも守るのも幸あるのも肉体ではなくて魂です。
入ると様々な干支がいます。自分の干支を探して自分の魂がここに存在した理由を問う。
道がある。先に真理がある。三角がある。昇るんです。
全てがあります。○△□のエネルギーをすごいレベルで表現されています。
古代のカンバに戻ってきたような気がします。
(2006.4.9)
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