太陽が通る道

Sun goddess has come
"dainiti" or "hime☆hiko"

 
 春分の日迎えのために東の地、茨城県大洗町に行ってきました。
 何年か前から言われていたのですが、今年実現しました。
 2006年でなくてはならなかったので今までは来られなかったのだなと思います。

 なぜ大洗なのか?その理由は忘れました。最近ではここに来なければいけない
 来なければいけないと呪文のようになってましたから(笑)
 その呪文のおかげで今回も様々な発見がありました。

 一応、今回は大洗から笠間まで日送りを行いました。
 これ以降は、自分でもどうなっていくのかわかりません。
 でもたくさんの問いが投げかけられたので、それを解くためのルートが
 また浮かび上がってくるだろうと思います。
 
 

大洗という土地は、西日本で生まれ育った自分にとっては、あまり名前も聞かない、馴染みが薄い土地でした。でも行ってみると、ここを知らないと日本のエネルギーは語れないというほどの強烈なものを感じました。大きく洗われるとは本当に良くつけられた名前です。東の海から昇る太陽、さっぱりとした空気、北関東、東北の東向きの海岸一帯がこのようなエネルギーを持ち合わせているのか調べてみる必要があると思います。




 大洗磯前神社の神は、一番上の写真の鳥居を通って、上写真の家々間の参道を通り抜けて
 右写真の奥に見える大鳥居を抜け階段を上っていきます。

 この狭い通路は重要です。ここを風が抜けないと西が全て穢れるのではないかと思います。ここを開けているのは単なる偶然ではなく、エネルギーを知っているからこそ、こうしているのだと思います。これは大洗神社全体に言えることで、特に本殿裏に最大のみそぎのエネルギーが入っていることには、本当に尊敬すべき深い精神性を感じました。
こんなことをいうこと自体が畏れ多いですが。


家の中のほこりは普段、目に見えないところに溜まっていて、そこからほこりはやってきて、元を正さないと一向に掃除をやった意味はないのだけれど、最近はアメリカ型文明に洗脳されて目に見えるところを単に対処すれば良いというような精神性に日本文明は近づきつつあります。

そうなってしまったら日本はアメリカとともにあと百年も経たないうちに崩壊するでしょう。

私たち日本人は元を正してきたからこの土地に1万年以上文明を連続させることができたわけであって
裏を清浄に保っているここ大洗神社のエネルギーは本当に見習うべきものであるし、なくしてはいけないものだと思います。




大洗神社は、オオナムチの魂がこの地に戻ってきたのが始まりとされています。
そのことと、この神社の東に対するありかたを感じると、オオナムチはもとより、それ以前の太陽信仰の匂いもしっかりと感じることができます。

今回の日迎えも一応、巨石太陽信仰の時代のもののつもりで行っていますので
当たりであったと思います。



ここは素晴らしいです。
下写真は、大鳥居右横にある清良神社。
すぐ横に湧き水があったので、かなり古い神社だと思います。
直観でいうと、大洗神社そのものよりも古いです。
小幡氏を祀った御霊信仰の神社らしいが、どうも腑に落ちない。
この他にも、大洗神社の敷地内にいくつかこのような神社がありました。


これらを統合するような形で、この大洗神社が建てられたような印象を受けました。
単なる末社もあると思いますが。


大洗神社の本殿は少し小高い丘の上にありますから、清良神社の位置を考えると古代、丘の上は禁足地であったか、ごくわずかな人しか入ることを許されなかった聖域であったように思います。ここらあたり一帯の木々がエネルギー的に整然としているのは、古代に一大信仰が確立され、それが今でも引き継がれていることを物語っているように思います。

大洗神社の石段を見ていると、本来石段とは、人間が昇るために創られたものではなく神が昇るために創られたものであると実感できます。

神とは肉体を伴わないものではありますが、神がこの石段を上がることをイメージしたり、上(かみ)におわしますとイメージすることこそが、健全な精神を創る上で欠かせないものであるように思います。
なぜなら、自らが全ての上にいると認識した時点で、人間の精神は破滅に向かい始めるからです。


 

この神社の北側にある酒列磯前神社と2社でひとつの信仰を形成しているらしいです。行こうと試みたのですが見つけることができなかったので、たぶん縁がなかったのでしょう。

2社でひとつの信仰というよりは、ここのあたり一帯は古代の太陽信仰の聖地であり、その信仰が様々なかたちに姿を変えながら残ってきたのが、大洗と酒列なのだと思います。



 
(2006.3.24)


| back |  | home |