フジサンその後
8万年前から2万年前にかけて古富士ができているので、やはり富士山には古代文明は なかったと考えるのが自然なように思います。 富士山は本当に新しい山で、8千年前に今のかたちになりました。 8千年前というと縄文時代ですので、縄文人は富士山に対しては一目置いていたものの 山岳信仰の核となるような対象とは考えていなかったと思います。 ここで重要になってくるのは、山岳信仰とはなにかということです。 自分は信仰する根拠があったと考えています。 その根拠はエネルギーです。 エネルギーとなると、噴火も信仰の対象となるのではないか? そうです。なります。 でもそれは一柱であって、エネルギーの核ではありません。 噴火は結果であって原因ではないからです。 噴火はあるエネルギーの衝突によって起こります。 それは男性エネルギーと同じ物です。 男根崇拝と同じエネルギー崇拝になります。 そこからは火の神も生まれます。 しかし、この火神(男性エネルギー)だけではカンバを創ることはできません。 もっと深くて古い、エネルギー衝突が常に行われ、常に浄化されていくところが カンバとして選ばれます。 基本的に噴火している近くではまつりごとは難しいと思います。 火の神を称える神楽は行われたでしょうが、エネルギーの変換はそこでは 行われなかったでしょう。 巨石時代から私たちが行ってきたのは、カンバを特定し、惑星の荒魂を鎮めていくというものでしたから、目的は惑星との対話なのです。 ここでもスサノオが出てきますが、スサノオを鎮めるというのは、私たち人間の魂を鎮めると同時に惑星の魂を鎮めるというメソッドにもつながってくるということだと思います。 ストレスが溜まると他人に話を聞いてもらうとすっきりします。 これは、どのような存在でも同じ事なのです。 科学的思考は、なぜそうなのかを問いますが スピリチュアル的直観は対話するためになにをすればよいかを問います。 ここが大きな違いだと思います。 私たち人間という存在が何億という細胞によって形成され、ひとつの意識を持っているのに 何億という命で形成された地球が意識を持っていないというのは、ものすごく非論理的な考え方だと思います。 古代の人間は幸いにもギリシャ哲学などは知りませんでしたから、論理的に物事が考えられたのだと思います。 ここでひとつ見えてきたものは、山岳信仰と、男性性エネルギー、女性性エネルギーが密接に関わっている山は、カンバがある可能性があるということでしょうか。 男体山と女体山という山名をよく見ますが、それも古い時代から受け継いだ土着の概念であれば かなり良いものが出てくるような気がします。 |